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『瓜売』で描かれた茶番で、三谷さんは秀吉政権末期の姿を描いた(『真田丸』を見て156)

私としては、『NHK大河ドラマ 真田丸』第26回放送『瓜売』で描かれたしつこいまでのお笑い茶番劇には、ハッキリ言って見るに堪えがたいものがありました。

「なんなんだこの三文芝居は?世間的には高視聴率だと言われている『真田丸』とは言え、今回のこの放送を本当に面白いと思った人がどれほどいるだろう?」と。


しかし、今回のこの放送を面白いと思ったかどうかは別として、この面白くもないお笑いじみたドラマ展開を通して、三谷幸喜さんが私達に伝えたいメッセージがそこにあるとも思えます。


『瓜売』の放送を通して三谷さんが私達に伝えていたものとは何でしょう?

思うにそれは、豊臣政権の腐敗しつつある末期の様子だったのではないでしょうか。


ドラマでは、秀吉が関白の座を秀次に譲り、太閤となって朝鮮への出兵を開始します。

これは、秀吉が隠居して道楽を始めたということではありません。

日本の内政を秀次に任せ、秀吉自らはかねてより考えていた明国との戦いに討って出たということです。

明国に対して戦いを挑むため、朝鮮半島へと秀吉軍が初めて渡った文禄の役において、その序盤戦は戦果をあげていたが、やがて民国の兵が敵方に加わると、徐々に戦況は硬直して行きます。

このことにいらだちを覚えた秀吉は、『やつし比べ』と称する今で言うところの仮想大会を開催しようと思いつきます。

各大名はこの、『やつし比べ』において芸を競うのではなく、只々秀吉の機嫌取りのために芸を披露し、秀吉と同じ演目『瓜売』を演目とした昌幸に対しては、わざと下手に踊って秀吉に勝ちを譲るようにと説得します。

折りしもこの頃、京で秀吉の留守を預かる秀次の側室に男子が生まれますが、秀吉の側室:茶々にも既に懐妊の知らせがありました。

秀次は自らの側室が生んだ子が男子であった事に

「もしこれでむこう(茶々)も男子だったら、叔父上は間違いなく己(おの)が子に後を継がせる。その時、私の子はどうなる?叔父上にとって、私の子は目障りでしかない。そしてこの私も・・・・・太閤殿下に嫌われては、この国では生きては行けぬ。」と、恐れおののきます。


秀吉の催した、『やつし比べ』と秀次側室に男子誕生という2つのエピソードを通して、秀長亡き後、天下人となった秀吉の意向に逆らう者は、もはやいなくなっていたとうことを三谷さんは私達に伝えています。


事実、歴史上においても、秀吉が朝鮮への出兵計画を諸侯に発表する以前に、秀吉の日本統一を告げた上で、新国王となった秀吉を祝賀する通信使の派遣を朝鮮側に要請し、漢城府で朝鮮国王に拝謁した一行も、重ねて通信使の派遣を要請しますが、その書簡が無礼だとして抗議する目的で聚楽第に到着した通信使らを、小西行長らは共謀して、服属使節であると偽って説明したために、秀吉は朝鮮は日本に帰服したものだと思い込んでいたようであると、文禄・慶長の役 - Wikipediaには記されています。


つまりこの時期秀吉の周辺には、もはや家康の行いに苦言を呈する武将は一人として存在せず、それがために秀吉は、家臣より誤った(嘘の)報告を受け、その報告から誤った判断を行うようになっていったのです。

この時の秀吉は、正に裸の王様だったのです。


しかしそのことについて全く秀吉が気付いていなかったか?と言うと、そうではなく、ドラマの中で秀吉は、『やつし比べ』の後に信繁らに対して「もうとっくに指揮など下がっておるわ!」と語り、豊臣政権に陰りが差し始めたことを察知していたらしい発言をします。

しかしそうと知りながらも秀吉は、朝鮮への出兵を止めなかったと、三谷さんはこ『瓜売』で私達に伝えようとしたのです。たぶんね。

次回は、棚ぼた関白秀次は、男子誕生とその死に秀吉を恐れ涙し、きりは(『真田丸』を見て157)
です。

秀吉
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