棚ぼた関白秀次は、男子誕生とその死に秀吉を恐れ涙し、きりは(『真田丸』を見て157)
- 2016/07/17
- 13:59
前ページでも触れたように、『NHK大河ドラマ 真田丸』第26回放送『瓜売』では、秀吉の側室:茶々が秀頼を生む少し前に、秀次の側室が男子を生んだ事で英次は、
「もしこれでむこう(茶々)も男子だったら、叔父上は間違いなく己(おの)が子に後を継がせる。その時、私の子はどうなる?叔父上にとって、私の子は目障りでしかない。そしてこの私も・・・・・太閤殿下に嫌われては、この国では生きては行けぬ。」と、恐れおののきます。
なぜそれほどまでに秀次が恐れたのかについては既にご承知とは思いますが、改めて秀次の立場をおさらいしましょう。
秀次は、秀吉がまだ織田家の家臣だった頃に秀吉の姉である瑞竜院日秀と、織田家家臣:三好吉房(みよし よしふさ:入道後は三好一路と称する)との間に生まれた子(つまり秀吉の甥)ですが、三好康長の養子となり三好信吉と名乗って三好家の名跡を継いでいましたが、秀吉が天下を統一した際に叔父である秀吉と同じ羽柴の姓となり、名も信吉から秀次となり、更に豊臣の姓も下賜された。
(ちなみに:秀次の父:三好吉房は、秀吉が織田信長に仕えて木下と名乗っていた頃に秀吉の姉(瑞竜院日秀)と結婚したことで信長によって士分に取り立てられ秀吉と同じ木下の姓を名乗り、自身の長男である秀次が秀吉と同じ織田家の家臣:三好康長の養子となり三好信吉を名乗ったことから、木下の姓から三好の姓になり、三好吉房と名乗りました。つまり秀次は、三好家の父の子だから三好信吉と名乗ったのではなく、その逆、自身が三好信吉になったことで父も三好を姓として三好吉房となったのです。)
(ちなみに:秀次の父:三好吉房は、秀吉が織田信長に仕えて木下と名乗っていた頃に秀吉の姉(瑞竜院日秀)と結婚したことで信長によって士分に取り立てられ秀吉と同じ木下の姓を名乗り、自身の長男である秀次が秀吉と同じ織田家の家臣:三好康長の養子となり三好信吉を名乗ったことから、木下の姓から三好の姓になり、三好吉房と名乗りました。つまり秀次は、三好家の父の子だから三好信吉と名乗ったのではなく、その逆、自身が三好信吉になったことで父も三好を姓として三好吉房となったのです。)
そして秀次の母が秀吉の姉であったことから秀吉の跡継ぎとなる養子となったのは、鶴松君が亡くなったことによるもので、鶴松君が亡くなった後なのです。
重ねて言うと、まだ豊臣の秀次ではなかった秀次は、養父:三好康長が信長の死後に秀吉が天下を取ったことで、織田の家臣から秀吉の家臣となったと同時に養父の姓である三好の姓から叔父である秀吉の姓である羽柴の姓を名乗って羽柴秀次となり、秀吉が豊臣の姓を受けると豊臣秀次となり、鶴松君の死後に関白となったのです。
(一言:この説明分かりますか?ややこしいですよね。説明している私も分からなくなってくるくらいです。つまりドラマ上、秀次が大阪城できりと出会った時には、秀吉はまだ天下を統一しておらず、秀次は秀吉の家督相続人となる養子ではなく、複数いる秀吉の養子の一人で、名も羽柴秀次だったでしょう。)
上記の口幅ったい説明が分からなければ分からないでいいです。
要するに秀次は、実力で関白にまでなったのではなく、母が秀吉の姉であったことと、嫡子に恵まれなかった秀吉に鶴松君が生まれるも、3年に満たない内に亡くなったことで関白となった、
いわば『棚ぼた関白』です。
なので秀次が秀吉の機嫌を損ねることなどあってはならないのです。
ですが第26回放送『瓜売』では、、不可抗力ではあるものの、秀吉の後継として関白を継いで後に(秀次の)嫡子が誕生し、更にその後に秀頼(秀吉の嫡子)が誕生したがために秀次は、秀吉が秀頼を新たな後継者とするために秀次の子と秀次自身の存在そのものを邪魔者と考えはしないかと恐れおののきます。
第26回放送『瓜売』での茶々解任の知らせの後に秀次の側室ときりの会話です。
きり:「どうしてがっかりなさることがあるのです。男子をお望みであったではございませぬか。」
秀次:「それは淀の方にお子が生まれる前の話、もしこれでむこう(茶々の子)も男子だったら、叔父上は間違いなく己(おの)が子に後を継がせる。その時、私の子はどうなる?叔父上にとって、私の子は目障りでしかない。そしてこの私も・・・・・」
きり:「さように悪くとられなくても。」
秀次:「太閤殿下に嫌われては、この国では生きては行けぬ。」
ナレーション:「だが、この時生まれた秀次の子は、生後わずかでこの世を去ることになる。」
秀次の子が亡くなって、秀次が泣く場面に代わります。
秀次:「泣いておるのは、息子を亡くしたからではない。我が身を呪っているのだ。私の腕の中で、息子は息を引きとった。その時、私は息子の顔を眺め、そして、ほっとした。これで叔父上に睨まれなくて済む。息子の死に顔を見ながら、私はそう思った。許してくれ、この不甲斐ない父親を許してくれ。」
そう言った後、秀次は声を上げて泣きじゃくります。大粒の涙を流しながら
その様子を後ろに控えて見ていたきりは、秀次の側に寄り添い、抱きしめ、秀次はきりの胸の中で泣き続けます。
きりは目を閉じ、泣きすがる秀次を抱いたまま、その悲しみに寄り添い佇みます。
この場面を描いた以上、きりは秀次に同情し?側室となるのでしょう。きっと。
ですが私は、残念ながらこの場面を見て秀次を哀れだとか、同情心を持って「悲しい場面だなあ。」と心打たれることは全くありませんでした。
それは私が男だからでしょうか?私がきりの立場なら、秀次の心に寄り添うこともなく、ただ傍らでその様子を見ていただけで、秀次に必要以上の思いを持つことはないでしょう。
もしも秀次の子が直ぐに亡くならずに成長したとしても、なんとなれば、家臣や大名に養子として豊臣家の外へと出せば難を逃れることが出来たかもしれないと思えます。自身はともかく、少なくとも側室の子だけは。
なので秀次に対しては「只々自身の立場に甘んじて、出来うる対処策も講じないまま秀吉を恐れて泣くしかない男など・・・・。」
という思いが残るだけだと。
次回はとりはあの世への旅立ちを延期して、信之と信繁に真田の未来を(『真田丸』を見て158)
を記します。
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